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斉藤道三の事績

家 紋 印 章
花 押
斉藤 道三
☆ 家紋・印章・花押は幾つもありますが、今回は代表的なものをUPしました。


斉藤道三の菩提寺・常在寺  斉藤道三は、北面の武士の家筋に属する松波左近将監基宗の子として、生まれ、11歳の時、京都の妙覚寺に 入って法蓮坊とよばれた。のち、寺を飛び出して松波庄五郎と名乗り、京都西郊西が丘の油搾り商人、奈良屋又兵衛の 娘を妻として山崎庄五郎と改め、諸国に油を、売り歩いた。情勢が不安定な美濃の国に流れついた。

 当時の美濃は家督争い、一向宗門徒の一揆の動乱を利用して、名家である長井の家名を手に入れる。この時点で、 すでに美濃掌握に向かって数歩進めたことになる。天文5年、別府城の斉藤彦九郎と争って、これに勝った。 天文7年、この時点で守護代斉藤利良が病死したので、美濃国の実権を握る。

 斉藤道三は法蓮坊−松波庄五郎−山崎庄五郎−西村勘九郎−長井新九郎−斉藤利政−斉藤道三と名前を変えている。 娘の濃姫を尾張の織田信秀の子、信長に嫁がせたのも、尾張の国を狙ったのと内政が緊迫した情勢を切り抜ける為の、 妥協策であった。道三は稲葉山城(今の岐阜城)を、大改修して領国支配の拠点を固めた。

 天文21年、ついに念願だった大桑城の土岐氏を滅亡させ、名実ともに美濃一国の支配を完成した。道三は美濃の 国に来た時から、実に20数年の歳月を費やしているが、その足取りはあまりに術策に満ちている。晩年は息子の 義竜に殺される。

斉藤道三の年表

西 暦

年 号

主な出来事

1494

明応 3

京都乙訓郡西岡に生まれるという。

1495

明応 4

船田合戦。9月土岐成頼隠居し、子の政房が後を継ぐ。

1504

永正 1

この年、斎藤道三は京都妙覚寺にはいったといわれる。

1527

大永 7

斎藤義龍、生まれる。

1527

大永 7

土岐頼芸が自立し、兄政頼は越前へ逃れる。その後、    頼芸は土岐の惣領職となり、美濃守護となって川手城へ移る。

1532

天文 1

土岐頼芸、川手城から枝広の館に移る。

1542

天文 11

斎藤道三、土岐頼芸を攻めて美濃を押領。

1547

天文 16

斎藤道三、土岐氏を滅ぼすという。

1547

天文 16

織田信秀、稲葉山城を攻め、斎藤道三に敗れる。

1548

天文 17

斎藤龍興、生まれる。

1553

天文 22

斎藤道三、尾張の正徳寺で娘婿の織田信長と会見。

1556

弘治 2

19日、斎藤道三、遺言状を書く。翌20日、道三は長良川の 戦いで息子の斎藤義龍と争って戦死。

1561

永禄 4

斎藤義龍没し、斎藤龍興が後を継ぐ。織田信長は兵を   出して森部に戦う。

1564

永禄 7

竹中半兵衛、舅の安藤守就とはかり稲葉山城を占領する。

1566

永禄 9

羽柴秀吉、墨俣砦を築く。

1567

永禄 10

この年、織田信長は稲葉山城を攻めて龍興を追い、ついで 井ノ口を岐阜と改名して移居し、濃州を領する。またこの月、信長は岐阜上加納楽市に定書を下す。




斉藤道三 × 斉藤義竜が争った時の両軍の武将名

義竜方旗本

田原式部安友

小弾正三郎国家

妻木勘解由左衛門範照

高山伊賀守光俊

土居右京亮光宣

遠山刑部秀友

土岐小次郎頼重

曽我屋内蔵丞家治

村山越後守芸重

衣斐与三左衛門光兼

船木大学頭義久

船木太郎範賢

本庄民部少輔光元

一色宮内少輔頼栄

鷲巣六郎光竜

池田又太郎信政

蘆敷右京亮長正

金山治郎左衛門勝長

八居修理亮国清

多治見修理進光清

小里出羽守頼長

郡家七郎兵衛光春

牛牧右京亮光久

今嶺源八光次

落合掃部助家氏

深沢三郎左衛門定政

蜂屋兵庫頭頼隆

相庭掃部助国信

肥田玄蕃家鎮

大桑次郎兵衛定雄

萩原孫次郎国繁

猿子主計国基

外山修理頼安

外山頼母光之

福光蔵人頼国



義竜方支城主

安藤伊賀守守就

不破河内守道定

山田兵庫頭正康

武井肥後守直助

井戸才助頼重

中条将監家忠

軒林主水正道政

深尾下野守宗平

加藤作十郎貞泰

長井隼人正道利

氏家常陸守直元

稲葉伊予守良道

竹腰摂津守守久

岩田民部丞光季

山岸勘解由左衛門光信

那波上野入道久昌

石河駿河守家晴

国枝大和守守房

井上忠左衛門道勝

小牧源太道家

樫原但馬治定

所七郎信国

羽生善助長繁

杉山刑部正定


背景が赤の文字は美濃三人衆

道三方

川島掃部助唯重

林駿河守正道入道道慶

道家助六定重

道家清十郎

高橋修理治平

竹中遠江守道治

竹中主水氏泰

川村図書良秀

片桐縫殿助為春

溝尾庄兵衛茂朝

大塚藤三郎昌宗

三宅式部信朝

桑原十郎左衛門久明

神山内記義鑑

神山主馬正長

神山彦八定常

松原治郎左衛門義保

岩手弾正道高

大沢治郎左衛門為泰

中村宗助秋益

井上加々右衛門頼久

大西太郎左衛門勝祐

一柳右近直秀

山内伝兵衛盛重

飯沼杢之助知俊

鷲見新藤次基綱


参考資料:「美濃国諸旧記」第2巻より

歴史館1

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