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坂本龍馬の年表

西暦

年齢

主  な  出  来  事

天保6年

1歳

11月15日、高知城下本町筋に生まれる。

弘化3年

12歳

母を失う。この年、軽格武士の子弟が集まる楠山庄輔塾に 通い始めるが、まもなく退塾。

寛永1年

14歳

日根野弁治道場で、小栗流剣術を学ぶ。

寛永6年

19歳

剣術修行のため江戸に出発。江戸桶町の北辰一刀流・ 千葉定吉道場に入門。
6月=米国の東印度艦隊司令長官M.C.ペリーが、旗艦サスクェハナ、ミシシッピー、サブライ、カプリスの 四鑑を率いて江戸湾口の相州浦賀沖に現れた。
11月=佐久間象山に砲術を学ぶ。

安政1年

20歳

江戸より帰国。絵師・河田小龍に会って啓発される。

安政2年

21歳

父・病没。近藤長次郎、長岡謙吉らとの交友が始まる。

安政3年

22歳

再度江戸へ剣術修行に出る。千葉道場にて修行。

安政5年

24歳

北辰一刀流長刀兵法目録一巻を伝授される。帰国。

安政6年

25歳

徳弘孝蔵に西洋の砲術を学ぶ。

文久1年

27歳

武市半平太が結成した「土佐勤王党」に加わる。

文久2年

28歳

1月=武市の使者として長州萩の久坂玄瑞を訪ねる。
3月=高知に戻るが、まもなく脱藩。
閏8月=江戸に入り、桶町の千葉家に身を寄せる。このころ 越前の松平春嶽を江戸藩邸に訪ね、勝海舟、横井小楠への紹介状をもらう。
10月=千葉重太郎とともに勝を訪問。世界情勢を説かれ、翻然としてその門下となる。

文久3年

29歳

2月=京都土佐藩邸で謹慎の後、脱藩の罪を許される。
5月=勝海舟の使者として越前福井に松平春嶽を訪ね、神戸海軍繰練所設立資金5千両を借用する。
10月=神戸海軍繰練所の塾頭となる。
12月=将軍・徳川家茂の品川出航に、勝とともに従う。このころ召還の藩命を拒み、再び脱藩の身となる。

元治1年

30歳

2月=勝海舟の使者として横井小楠と会う。
4月=お龍と出会い、のち結婚。
8月=勝の使者として西郷隆盛に会う。

慶応1年

31歳

3月=幕府の命によって神戸海軍繰練所廃止。
4月=西郷隆盛、小松帯刀らと鹿児島へ向かう。
5月=西郷に薩長和解の交渉を、一切任される。
閏5月=下関で長州の桂小五郎(木戸孝允)と会い、薩摩との和解を解くが、西郷が会見の場に来ず、交渉失敗。 またこのころ、亀山社中結成。
10月=薩摩藩名義でユニオン号を英国商人グラバーより購入、 長州藩に引き渡す。

慶応2年

32歳

1月=薩摩藩邸で西郷隆盛、桂小五郎、龍馬らが会談。 薩長連合成立する伏見の寺田屋で伏見奉行配下に襲撃され、あやうく脱出
3月=お龍と霧島温泉などに遊ぶ。
5月=亀山社中の船ワイルウェフ号が沈没する。

慶応3年

33歳

1月=長崎で、土佐藩参政・後藤象二郎に会う。
4月=脱藩を赦免され、海援隊長に任命される。海援隊使用のいろは丸が紀州藩船と接触、沈没する。
5月=紀州に賠償金8万3千両の支払いを認めさせる。
6月=土佐藩船で長崎を出航。後藤象二郎に「船中八策」を託す。

海援隊の船中八策

  • 一策、天下の政権を朝廷に奉還せしめ政令よろしく 朝廷より出づるべき事

  • 二策、上下議政局を設け議員を置きて万機を参賛 せしめ万機よろしく公議に決すべき事

  • 三策、有材の公卿・諸候・および天下の人材を顧問 に備え官爵を賜いよろしく従来有名無実の官を 除くべき事

  • 四策、外国の交際・広く公議を採り新たに至等の規約を 立つべき事

  • 五策、古来の律令を折衷し新たに無窮の大典を選定す べき事

  • 六策、海軍よろしく拡張すべき事

  • 七策、御親兵を置き、帝都を守護せしむべき事

  • 八策、金銀物価、よろしく外国と平均の法を設くべき事

9月=オランダ商人より、ライフル銃1300挺を購入。

11月15日、京都の近江屋で、中岡慎太郎と共に刺客の手に倒れる。

龍馬No.16

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